ハムレットの世情日記

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zoom RSS 【大政奉還】    龍馬の「船中八策」と山内容堂の建白書

<<   作成日時 : 2010/10/10 22:05   >>

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【山内容堂:土佐藩の15代藩主。諱は豊信。容堂は隠居後の号である。幕末の四賢侯の一人。
藩政改革を行い、吉田東洋を抜擢するなどした。
幕政にも関わっており、将軍世継問題を巡っては大老・井伊直弼と対立し、その後井伊の弾圧により隠居、その後謹慎の身となった。
後藤象二郎の進言により、第15代将軍・徳川慶喜に大政奉還を建白した。】


NHK大河ドラマ「龍馬伝」も今夜放映された高杉晋作の死に引き続き、龍馬の描いた大政奉還そして龍馬暗殺へと進んでいく。

龍馬暗殺の犯人は諸説あるが、今日届いた『龍馬伝4』によれば、京都見廻り組佐々木只三郎、今井信郎らとなっている。大政奉還を徳川慶喜に迫った土佐藩とりわけ龍馬に恨みをもっていた。

龍馬→後藤象二郎→山内容堂(ようどう)と上がった、「大政奉還」建白書はついに幕府に出される。


酒ばかり飲んでいた容堂が「賢候」たる最たる行動は、慶応3年(1867年)10月3日、この「大政奉還」建白書を幕府に提出したことだ。これにより幕府の「大政」は朝廷に「奉還」されることになった。

ご存じのとおり、容堂に建白書を上申したのが後藤象二郎(しょうじろう)。その後藤象二郎に「原案」となる「船中八策(せんちゅうはっさく)」を渡したのが坂本龍馬だ。

「船中八策」とは――。

 (1)大政奉還と王政復古
 (2)上下議会による議会政治
 (3)平等な登用と無駄な官位廃止
 (4)不平等条約改正
 (5)憲法制定
 (6)海軍力増強
 (7)近衛兵の創設
 (8)金銀交換レートの設置


そのほとんどは、明治になって実現されていることからも、龍馬の「先見の明」が知れる。

容堂の建白書提出から1カ月半のちの11月15日に暗殺される龍馬は新政府に入るつもりはなかったが、建白書を読んだ徳川慶喜は「新政府でも実権を握れる」と思い込み、「大政奉還」に踏み切ったが、新政府にはいることは許されなかった。

容堂は、松平春嶽とともに慶喜を擁護しつづけた。だが、すでに公家の岩倉具視、薩長を中心とする討幕派に押され、慶喜は新政府から排除される。これに怒った慶喜は「鳥羽・伏見の戦い」を起こすがその後の戦いにも幕府は破れ消滅した。

討幕に邁進し、新政府の基礎を築いたのは、岩倉具視、薩長にちがいないが、時流を見極め、部下が上申してきた「大政奉還」建白書を吟味、熟慮し、幕府に提出した容堂の「断行」は特筆すべきだろう。

これがなかったら明治維新は100年遅れていただろう。あらためて、龍馬、高杉晋作、容堂らの慧眼に頭が下がる思いだ。





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http://president.jp.reuters.com/article/2010/10/02/9600F894-C62F-11DF-8378-11CF3E99CD51.php
パクリン
2010/11/15 00:04

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