ハムレットの世情日記

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zoom RSS 【Terrorist】    ビンラディン射殺作戦の全貌

<<   作成日時 : 2011/05/12 15:02   >>

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 5月に入ってオサマ・ビンラディンの殺害や中部電力浜岡原発の全号機のシャットダウン決定など関心のあるニュースが飛び込んできた。今日はオサマ・ビンラディン射殺事件を取り上げる。

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 9・11米同時多発テロの首謀者として、米国が10年もの長きにわたって追い続けた国際テロ組織「アルカイダ」の指導者オサマ・ビンラディン容疑者が、ついに発見され、殺害された。この希代の凶悪テロリストの正体は、いったい何だったのか。これでテロとの戦いに終止符は打たれるのか。

 作戦終了後、ホワイトハウス地下の危機管理室で、戦闘の様子をリアルタイムで見ていたオバマ大統領は、「We got him(ようやく捕まえた)」と叫んだという。 

 2001年9月11日の米同時多発テロの首謀者とされ、米連邦捜査局(FBI)が「10大重要指名手配犯」の一人として、血眼になって追い続けてきたオサマ・ビンラディンはわずか38分の銃撃戦の末、射殺された。

 白人の侵入に抵抗した米先住民族の戦士の名から「ジェロニモ」と名付けられたこのビンラディン殺害作戦は、軍事ジャーナリストの神浦元彰氏によると、「教科書に載るような完璧さ」だったという。

 それもそのはずだろう。作戦は昨年2月から、米国の威信をかけて周到に準備されていた。米中央情報局(CIA)関係者が明かす。

「最終的に居場所を突き止めたのは2カ月前のことでした。作戦を指揮したのはCIA。機密漏洩を防ぐため、直前まで軍にも知らせないほど慎重に進められました。オバマ大統領は、決行直前にアフガニスタン駐留米軍司令官を新CIA長官に、リオン・パネッタCIA長官を新国防長官に指名するなど、人事面でも万全を期したのです」

 標的が潜伏していたのは、パキスタンの首都イスラマバードの北60キロに位置する緑豊かな田舎町、アボタバードだった。陸軍士官学校など同国軍関係施設が集中するこの地域で、周囲の家の約8倍もの広さがある邸宅に家族や側近ら24人で住んでいたという。

「特殊部隊は、衛星写真をもとに造ったレプリカの建物で訓練を繰り返したようです。壁の厚さも調べ、どのぐらいの爆薬で爆破できるかも試した」(同前)

 そして現地時間の5月2日午前1時、米海軍特殊部隊(SEALS)25人を乗せた2機のヘリコプターが急襲する。

「特殊部隊はヘリコプターに搭乗後、作戦実行の指令を伝えられたと言われています。事前に伝えると、興奮して寝られなくなり、作戦が失敗する可能性があるためでしょう。建物3階で確保されたビンラディンは、その場で衛生兵が血液型を確認、指紋や人相などは衛星無線機で画像転送し、CIA本部で最終的に認証したそうです」(先の神浦氏)

 そして、パキスタンの地元紙などによると、ビンラディンはその直後、1階に連れられ、12歳の娘の目の前で射殺されたという。

 神浦氏が言う。

「娘が泣き叫べば、父親だと分かる。現場での最後の本人確認だと思われます」

 ビンラディン殺害が発表されると、米国は歓喜に包まれた。長く低迷を続けていたオバマ大統領の支持率も9ポイント上昇した。

「オバマは作戦実行の許可を下すのに1日だけ悩んだそうです。だが、これで来年の大統領選の再選は確実になり、7月に開始を予定している米軍のアフガンからの撤退への後押しにもなる」(先のCIA関係者)

 自身の再選への展望と、リーマン・ショック後の軍事費負担を軽くしたい政府の思いを、両立させる結果となったのだ。

 だが、このニュースは、単に正義が悪を駆逐したという一面だけでは語れそうにない。報復テロの可能性はくすぶり続け、米政府がビンラディンの遺体写真の公開に消極的であることから、すでに人違い説や陰謀説が浮上するなど、ビンラディンは早くも伝説の人物となりつつある。

 米国が10年の歳月と5千万ドル(約41億円)もの懸賞金をかけて追い続けたオサマ・ビンラディンとは、いったい何者だったのか。

 日本エネルギー経済研究所中東研究センター研究理事で、『正体 オサマ・ビンラディンの半生と聖戦』の著書がある保坂修司氏はこう指摘する。

「イスラムを標榜する自爆テロは9・11以降、世界に拡散しました。私は、ビンラディンはこの自爆テロという作品のプロデューサーであり、もっとも大きな作品が9・11だったと考えています。彼は、米国という強大な国をイスラム世界共通の敵と見なすことで、それまで自国の支配層やイスラエルに向かっていた個々の怒りから、広く共感と支持を集めることに成功したのです」 

 その生い立ちや経歴には謎が多い。生年も「1957年」とされているが、正確なことは分かっていない。建設業を中心とする財閥を一代でなした実業家の10番目の妻の子として生まれ、50人近いきょうだいの中でも、おとなしく、目立たない性格だったという。

 イスラムの敵を倒すためには殉教をいとわないジハード(聖戦)思想に傾倒していったのは10代のころ。79年のアフガニスタンへのソ連侵攻をきっかけに「アルカイダ」を創設、無神論の共産主義国家の侵略に対し、私財を投じて戦った。この時、CIAからも多額の資金や武器の援助を受けたと言われている。

 そして、湾岸危機を機にサウジアラビアへの米軍駐留が始まった90年ごろから、過激な反米路線へと“転向”する。サウジアラビアの米軍事施設爆破などいくつものテロにかかわったのち、ついに「9・11」に突き進んでいった。

「当時もその後も、米国と良好な関係を保つアラブ世界の支配層とは対照的に、一般庶民にはアルカイダを礼賛する空気がありました」(現地で取材した記者)

 当初は知的エリートが多かったアルカイダのメンバーは、9・11以後、貧困層にも広がりを見せる。だが、それが逆に求心力を失うことになったという。

「テロの標的も、一般市民を巻き込んだり、死ぬことが目的のような動機の分からない犯行だったりして迷走していった。そもそも彼は物静かな口調で、反米や聖戦を呼びかけたり、感情を煽ったりすることにはたけていたが、戦いの果てに、どんな社会を構築するのかという思想は持っていなかったのです」(保坂氏)

 この10年間、たびたび映像や音声でのメッセージをインターネット上に投稿してきたが、注目されることは少なくなっていった。

 中東調査会主席研究員の中島勇氏は言う。

「過激派を除き、アラブ世界でビンラディン殺害に関する反応はほとんどありません。90年代、米国が中東に関与するようになった時期に、若者の行き場のない不満の受け皿になったのが反米を訴えるアルカイダであり、ビンラディンだった。だが、チュニジアのジャスミン革命など市民運動による革命に軸足が移った今、彼は『時代のあだ花』に過ぎなかったように思います」

 自身でも存在感が薄れていくことへの焦りを感じていたのだろうか。ネット上に投稿した音声メッセージは09年には3回だったのが、10年は6回に増えた。

「メッセージはその都度、国際情勢について触れていましたが、テーマがあちこち飛んでいて、定まっていなかった」(保坂氏)

 ビンラディンは殺害時、武装していなかったとされる。その“丸腰”の相手を、米軍は躊躇なく射殺した。

「ビンラディンは投降しようとしたそうです。だが、米側は最初から『殺害』と決めていた」(前出のCIA関係者)

 彼は最近、生活する金にも困っていたとの報道もある。歴史は、米国がふりかざした“正義”をどのように評価するのだろうか。


◆ジェロニモ作戦◆ 

【今年初め】 ビンラディンがアボタバードの隠れ家に潜伏している可能性があるという見解に至る。衛星写真などを基に隠れ家のレプリカをつくり、米海軍特殊部隊は事前に訓練を行った。

【3〜4月】 オバマ大統領が米国国家安全保障会議を5回開催。最後は4月28日。

【4月29日】 朝、竜巻の被災地アラバマ州に向かう直前、オバマ大統領はホワイトハウスで攻撃の許可を下す。

【5月2日】

(1)パキスタン時間午前1時ごろ、ヘリで隠れ家を襲撃。ヘリには米海軍特殊部隊(SEALS)25人が搭乗。

(2)命令は「拘束または殺害」。ビンラディンが降伏しなかった場合、殺害する権限を与えられていた。

(3)1機のヘリは故障して不時着。機密保持のため爆破された。もう1機は北側の壁の外側に着陸。この部隊は壁を破壊して侵入した。

(4)ビンラディン家族のほか、2家族計24人が住んでいたが、襲撃時は17人いた。うち子どもは8人。2人の側近と女性、ビンラディンと彼の息子の5人が死んだ。夫人は特殊部隊に向かっていったため、足を撃たれた。米軍は武装していなかったビンラディンを射殺。

(5)10個のハードディスクと5台のパソコン、100個以上の外部記憶装置などを押収。

(6)ビンラディンの死体はアフガニスタンにヘリで運ばれた。目視やDNA鑑定などで本人確認をし、その後、アラビア海で水葬された。イスラム教の儀式にのっとった葬儀が原子力空母「カール・ヴィンソン」で行われた。

(7)水葬はパキスタン時間2日午前10時ごろから約50分間。遺体は洗浄された白い布に包まれ、重しをつけた袋に入れられて空母のエスカレーターから海に流された。

(8)ビンラディンを殺害した時の暗号は、「Geronimo EKIA」だった。EKIAとは、Enemy Killed in action(戦闘中に敵を殺害)。

  しかし、オサマ・ビンラディンの殺害でテロリズムが衰退していくとは考えられない。衝突は変質しただけで、テロリズムが民主化運動の一翼に入り込む危険性が出ているからだ。

 シリアでは、父子で40年にわたって独裁を続けてきたアサド大統領に対し、反政府デモが起きているが、運動の中に分節化したアルカイダの影響を受けた組織が入り込んでいる。イエメンでもサレハ大統領が退陣を決めたが、同国には国際テロ組織「アラビア半島のアルカイダ」(AQAP)がいる。皮肉なことだが、彼らを抑えてきた強権的政権の弱体化でアラブで再びテロリズムが活発化するおそれがあるのだ。

 では、どうしたらよいのか。米国はまず、パレスチナ問題を解決しなければならない。ガザでは多くの市民がイスラエルの過剰な武力行使の犠牲になっており、米国はイスラエルを擁護し続けている。米国の「テロとの戦い」はダブルスタンダードなのだ。基準の公平性を貫かなければ、イスラム社会が米国に抱く不信感をぬぐい去ることはできず「反米」の芽は残ったままとなる。

 ビンラディン殺害は米国内では大きな成果と評価され、オバマ大統領の支持率は上がり再選に弾みがつくだろう。しかし、このことはテロを生み出す土壌の根本解決にはならないのだ。

パキスタン政府は5月2日の米軍によるビンラディン容疑者殺害を、武装勢力との戦いでの大きな一歩だと歓迎。しかし、米軍がパキスタン軍への事前連絡なしに急襲作戦を行ったことは、主権侵害だとの強い反発も招いている。





(1部の記事は週刊朝日から転用)



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